ソフトウェアプラットフォームはなぜ重要なのか
量子コンピュータが「コンピュータ」と名乗る以上、コンピュータとして「使える」状態で提供される必要があることは自明です。その前提で「ハードウェア」と「ソフトウェア」という切り分けで考えると、皆に広く活用されて社会に量子コンピューティングの実践的な利用を普及させるには、何に使われてどのような価値を生むのかというソフトウェアの応用方法、すなわち「ユースケース」の定義が鍵となります。
Q-STARが定義している「ソフトウェアプラットフォーム」とは、ハードウェアとソフトウェアの世界を切り分けるインターフェースとなる、いわばミドルウェア層といえる位置づけになります。
量子コンピュータのハードウェアの研究開発は急速に進展している最中で複数の方式が存在し、どのハードウェアと実装技術が主流になるのか、現在はまだ不確かです。このような状況下で、ハードウェアの変化に影響されずにソフトウェアの応用を考えるためには、その中間を橋渡しするミドルウェア層が必要だと考えています。このミドルウェアを皆が使える「プラットフォーム」として定義して、社会実装を加速させていくことが、Q-STARが考える基本的なソフトウェアプラットフォームの考え方です。
従来のコンピュータの活用と実装の現場において、ハードウェアと応用アプリケーションとの間には複雑で多層なレイヤーが定義されています。量子コンピュータにおいてはこうした区分けがまだ明確ではありませんが、同様の考え方が適用されるようになると考えています。
Q-STARにおけるソフトウェアプラットフォームの具現化と定義
市場黎明期の現状においては、一旦ハードウェアとソフトウェアの間に線を引き、そこにプラットフォーム、つまりミドルウェアを導入する思想を基本におくことで、ハードウェアの進歩に左右されることなく使用可能なユースケースの探索が出来るような環境整備を推進しています。
実際に動かすハードウェアとして、今すぐに実証に使えるイジングマシンや量子インスパイアードマシンが必要です。そこで重要なのは、ハードウェアは進化しても、アプリケーションはある程度共通のものを開発でき、利用方法も想定ができる点です。既存のハードウェア上で使えるユースケースを試行し、企業の実利用につなげるためには、プラットフォームやミドルウェアが不可欠になります。
ハードウェアの進歩を待つだけでは技術が衰退する危機感もあるため、具体的なユースケースを考える必要があります。そして、机上の検討だけでなく実際に手を動かすことも重要です。このため、ユーザー企業のトライアル用テストベッドの整備や、ミドルウェアの仕様の標準化を視野に入れた取組みなども、各ワーキンググループと連携して行っています。
日本では、歴史的経緯から既存のコンピューティング技術を活用したイジングマシンを先行して扱っています。イジングマシンを海外に紹介する際、その違いは複雑で理解しにくいかもしれません。そこで、ミドルウェアがイジングマシンという技術をわかりやすくする役割を果たすことが期待されます。Q-STARで整備しているミドルウェアは、どのベンダーのマシンでも利用できるのが特徴です。
海外ではイジングマシンの開発と提供に取り組んでいるソフトウェアメーカーが少なく、そもそもそこにミドルウェアを整備していくという発想があまりないというのが我々の所感です。この点においては、日本の技術を世界中のお客様に広げていくチャンスがあると考えています。
ソフトウェアプラットフォームの実現に向けた実践的な取り組み
プラットフォームの実装レベルの検討とその利用を促進していく活動は、Q-STARの中でも組合せ最適化部会を中心に進めています。組合せ最適化問題は、量子コンピュータによって解決できる可能性があることから近年再発見されています。専門家からは、「イジングマシンを使わなくても自分で組合せ最適化アルゴリズムを考えれば解くことができるのではないか」との指摘もありますが、ミドルウェアやソフトウェアを導入することで、専門家ではないプログラマーでも技術を利用しやすくなり、応用範囲がさらに広がると考えています。
Q-STARで提供しようとしている共通プラットフォームと会員企業の株式会社Fixstars Amplifyで提供しているSDKは同一のものです。SDKを使えば、一般のプログラマーでも組合せ最適化問題のアルゴリズムを簡単に記述し解決できます。SDKのように、組合せ最適化問題の再発見を促す啓蒙的な役割を果たし、専門知識がなくても便利に使えるものを提供することが必要です。それにより、量子コンピュータの実利用前であってもさまざまな分野で組合せ最適化問題の適用が可能となり、ビ、ビジネス機会の創出につながり、利益を生み出すことができるようになるでしょう。
ソフトウェアプラットフォームに関する海外連携について
さまざまな民間の量子関連団体と覚書を交わし、緊密に連携しようという動きが進んでいます。具体的には、米国のQED-Cや欧州のQuICやといった団体や、産総研とそのカウンターパートとなる海外の研究機関と一緒に、官民が関与する形でどのようなコラボレーションが可能か模索し始めているところです。Q-STARのソフトウェアプラットフォームに関する考えを共有したり、ユースケース探索への参加を呼びかけたりしています。
この取り組みは二つの意味で重要です。一つは、日本の強みであるイジングマシンやユースケース探索の成果のアピールにつながることです。もう一つは、海外の人々に日本の技術を使ってもらうことでビジネスを広げるという観点です。海外にもイジングマシンの潜在ニーズがあるかもしれませんし、組合せ最適化問題それ自体が持つポテンシャルは世界共通です。まずこの着眼点から組合せ最適化問題の重要性が再発見され、次に問題解決のために有用な共通プラットフォームを提供することで、グローバルなエコシステムの中で各社がビジネスを広げていく機会となることを期待しています。
現状では、この分野においては情報収集を行っているユーザー企業が多いですが、ユースケースとハードウェアの進展は待っていても出てくるものではなく、相互に刺激を受けながら進むものです。今まさに新しいコンピューティングのパラダイムが開かれようとしていますが、まだ誰も次世代のコンピューティングの姿を完全には理解していないし、発見もされていません。
このような中で、Q-STARでは会員企業とともに「一緒に創り上げる」という姿勢で、楽しみながら活動していきたいと考えています。「こういう風に使えればいいな」という意見を提示し、ユーザー企業様への導入を進めながら、ベンダー企業側の開発者にとっても新たなヒントを提供出来るよう取り組んでまいります。
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